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『クイーンズブレイド~もう一つの物語~』 エピソード05「シャムの或る日の憂鬱」
2010年 7月 07日(水曜日)

■エピソード05「シャムの或る日の憂鬱」

「暗い顔をするのは、もうやめなさい」
 母の言葉が、思い出される。
「ため息ばかりついていると、幸せが逃げてくよ」
 ――ああ、やっぱり母さんは正しい。
 シャムは確信した。
「母さん、ごめん。この厄介ごとが片付いたら、ちゃんと言うことを聞くから」
 妙な杖を構えた、いかにも厄介そうな女を前に、シャムはそっとため息をついた。


 時はさかのぼる。

 シャムの気持ちは、沈みきっていた。
 原因は、メローナとの一戦に敗れたことにある。しかも“力を尽くしての敗戦”ならばまだしも“手も足も出ずに完敗”である。覚悟を決めた最後の突撃も空回りし、結果が自爆では、まったく救いがない。

 ――そのおかげで助かりはしたけど……
 シャムは自嘲した。あの状況で、たいしたケガを負うこともなく、こうして生きていられるのは大きな幸運である。だが、今のシャムには、そんな前向きな考えを持つことは、とてもできない。代わって頭を占めるのは、負けた自分が“生き恥をさらしている”というみじめさだ。さらに、命を拾えたことをそんな風に感じてしまう自分への嫌悪も加わり……憂鬱な悪循環の完成である。

 何度目になるだろうか。シャムは、大きくため息をつく。
「母さんに見られたら、叱られちゃうわね」

 シャムの母は、ひどい状態で戻ってきた娘を見て、驚きはしたものの、狼狽えることなく、手当てに専念した。大きなケガではなかったとはいえ、シャムの回復が早かったのは、その適切な治療のおかげである。

「気持ちまで負けちゃダメ」
「何が勝ちで何が負けかってのは、後々になるまでわからないものよ」

 また、事情を問い詰めることはしなかったが、娘の身に何が起きたのかを薄々感じ取ったらしく、母は励ましに努めた。美闘士としての経験に裏打ちされた言葉は、説得力のあるものであったが……。

 ――私は、母さんのようにはなれない。

 正しい言葉であっても、それを受け止める心の余裕が、今のシャムには無かった。悪いとは思いながらも、母と顔をあわせるのが苦しくなり……、逃げ出すような気持ちでシャムは、外出した。気晴らしになれば、と笑顔で見送る母に、心の中で謝りつつ。

 町へ出たシャムがまず行なったのは、レイナの安否の確認だった。ヴァンス伯爵の娘に何かあれば、きっと大きな噂になるはずと思い、様々な場所で聞き込んだ結果は……
 ――大事にはなってないみたい。
 メローナとの戦いから、ずっと気がかりであっただけに、シャムは胸をなでおろした。だが、悩みが去ると同時に暗い気持ちが再びシャムを支配する。
 ――私は何もできなかった。
 無力感が襲う。妄想だとわかっていても、周りの人々が自分を嘲笑っているように感じられ、シャムは、人ごみを避けるように歩き始め……。
 ……いつしか、彼女は町外れの街道に来ていた。ヴァンス伯爵の領地に発し、女王の都へと向かう道だ。
「女王、か」
 自分にクイーンズブレイドを戦う資格があるのだろうか? そんなことを考えるうち、シャムは段々とムシャクシャしてきた。人気が無いのは幸いと、剣を抜き振り回しはじめる。型も何もない無茶苦茶なものではあったが、体を動かしていると、嫌な気持ちを忘れられる気がする。シャムは時を忘れて、剣を振り続けた。

「ヒッ!?」
 ――いけない!
 シャムは短い悲鳴に慌てた。剣を振るのに夢中になり、いつの間にか人が近づいているのに気づかなかったようだ。恐る恐る振り返ると……
 ――痛そうな人だ……
 長い髪をした魔道士風の女がそこにいた。ちなみに痛そうというのは物理的にである。真っ赤なローブから、何かの武器のように長く伸びる飾りと、彼女が持つ異様な杖がそう感じさせたのかもしれない。
 おびえの表情を見せていた女であったが、次の瞬間、猛然とシャムに対して噛み付いてきた。
「こんなとこで剣を振り回すなんて、何考えてるんだ!」
「……」
 自分にも非があると思い、黙って聞いていたシャムであったが、まくし立てられるうちに、段々と腹が立ってきた。
「うるさい」
「!?」
 剣を構えると、女はあからさまに怯えの表情を浮かべた。
 ――意外と……弱め?
 ここ数日の反動からか、シャムの心に暗い優越感が芽生える。
「俺が何をしようと勝手だ。もしそれが気に入らないっていうのなら…わかるな」
 シャムは剣で相手を挑発した。
「フ、フン。この“炎の使い手”ニクスが、後悔させてやるよ!」
 売り言葉に買い言葉、なしくずしにシャムとニクスの戦いははじまった。

 対峙する二人。相手の出方をうかがうシャムに対して、ニクスは異形の杖を振りかざす。
「フニクラ様、お力を!」
「!!」
 ……
 ……
 気まずい沈黙が流れる。訝しむシャムの目の前で、ニクスは焦りの表情となる。
「フニクラ様!フニクラ様!」
「おい?」
「もしかして、お休み中!? そんなぁ~困ります!」
「……」
 ついには 戦いの相手を無視して、杖に話しかけはじめるニクス。
  ――厄介な人に喧嘩売っちゃったかなあ。
 ある意味出鼻をくじかれた格好となったシャムの頭にそんな思いが浮かぶ。あからさまに狼狽えている相手に仕掛ける気分にもなれず。しばらく眺めていたシャムであったが、ニクスとその杖のお話?は、終わりそうにない。やがてシャムは、吐き捨てた。
「もういいよ。お前は帰って母さんにでも甘えてろ」

 次の瞬間。
 シャムは、杖の一撃をすんでのところでかわしていた。
 ――何が起きたの?
 ニクスの表情が一変していた。完全に目が据わり、先程とは違った意味で厄介な雰囲気を漂わせている。
「あたしの…母さんが…何だってぇぇ!!」
 ――やばい!
 杖で殴りかかるニクスに対して、シャムは防戦一方となった。無茶苦茶な攻撃であるが、そのため動きが読めない。かろうじてしのいではいるものの、防御の上から確実に体力が削られていく。
 ――やばいやばい!
 さらにシャムは、ニクスが振り回す杖から、さらなる不穏な空気を感じとっていた。厄介な敵がこれまで以上に厄介になりそうな……シャムの嫌な予感は、不幸にも的中した。
 ニクスの杖が脈動し、禍々しい目が開く。
「やばいってば!」
「フニクラ様っ!」
 “生ける杖”フニクラの覚醒に、シャムは驚愕で、ニクスは歓喜で叫びを上げる。
「ハハハッ。これで終わりだよっ!」
 ニクスは魔力を集中させる。呆然としたまま、動けずにいるシャムにフニクラを振りかざし……。
 火球一閃。
 轟音と衝撃。やがて、立ちこめる土煙が去り、横たわるシャムのが残る。ぴくりとも動かないその姿を見て、ニクスは勝利の喜びに打ち震えた。
「やりました! フニクラ様っ」
 フニクラの触手がするりとニクスへ伸びる。
「えっ! えっ? 何を!?」
 フニクラはニクスの急所を抑えていく。
「もしかしてお怒りに? どうして?」
 拘束完了。
「あれはフニクラ様がお休みなので仕方なく……いや、決してそんな! ごめんなさひぁぁぁあんっ!!!」
 お仕置きの時間だ。
「お許しを…お許しをフニクラさまァん…。下賎な武器のように扱ったりしてェ……。反省してます!はんせひしてまふか・ら・あぁぁぁぁぁっ♥」


 横たわる姿が二つに増え、人知れずこの戦いは終了した。……実は通りかかった天使の一人が、これを記録していたりしたのだが、それは二人の知るところではない。
 先に起き上がったのは、シャムのほうであった。ニクスの魔法の直撃は免れ、大きく吹き飛ばされ、気を失ったもののケガはない。ちなみに、ニクスと杖のやりとり?の途中から意識はもどっていたものの、目の前のできごとに、いろいろな意味で言葉を失い。そのまま息を殺していた。

 ――勝ち負けは最後までわからないって、こういうことなのかな?
 母の言葉を思い出す。少し意味合いが違うような気もしたが。何にせよ勝負には負けたが、今こうして立っているのは自分だ。運に助けられたのもしれないが、メローナやニクスのような危険な相手とやりあって、生き残れているのことに……
「少しは自信を持っていいのかもしれない」
 シャムは、倒れているニクスに頭を下げた。
「ありがとう。……お前の母さんのこと、何かあったのならごめん」

 家路を歩くシャムからは、出てきてきたときの憂鬱は消え失せていた。クイーンズブレイドへの想いが再び膨らんでいく。

「明日からは、また戦いだ!」

『シャムの或る日の憂鬱』完

■次回予告
 武器屋カトレア。息子とともに夫の身を案じながら、店を切り盛りする彼女の前には、様々な人々が現れる……。次回『製品と刀鍛冶』

■ストーリー原案:土産物屋ハンス
■イラスト:堺はまち鈴眼 依縫
■テキスト:十之三乗


 
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